触れる 見る 問う 問われる

葉脈みたいなの見える

久しぶりになにか書きたくなった。いまはコーヒーを飲みながらまったりしている。まったりが心地よくなってきて労働を休んでしまいたい。そんな気分です。行くけど。

昨日、数年ぶりに東本願寺の親鸞講座に行ってきた。講師は海 法龍先生でした。

久しぶりにおじーちゃんおばーちゃんたちの間に入れてもらった。で、印象に残ってるのは「縁」ってのと「であいなおし」みたいなところ。

自分も成長していないとはいっても、年をとって感じ方が変わってきたなぁと思う。同じような所をぐるぐる回ってるような気もしなくもないけど… でも多少はね…

で、なんだかよくわからないけど、不思議な縁でまたこうやってお話を聞きに行く機会があるっていう。

きっと自分で縁をどうこうするってのは無理だと思うんだけど、縁に触れるっていうことは可能なんじゃないかなって書いていて思った。

縁に触れるというか縁を見るというか、縁に問うというか縁に問われるというか。

難しいけれども、なんとなくそんなことを思いました。

次回も行ってみよう〜。

多摩親鸞講座(真宗大谷派東本願寺真宗会館)

https://shinshu-kaikan.jp/lecture/tama2024kai