その「おぞましさ」とは、12世紀のピエール・アベラールが次のように正当にも批判するものである。「実際、だれかが罪のない者の血を何ごとかの代価として要求するなどということ、あるいは、罪のない者が殺されることがその人を喜ばせるなどということ、ましてや神がご自身のみ子の死をかくもふさわしいものと考えられるので、そのことによって神は、この世全体と和解されるのだ、などという考えは、なんと残酷で、なんと邪まなものと思われることか」
十字架の神学をめぐって 青野太潮 194頁
その「おぞましさ」とは、12世紀のピエール・アベラールが次のように正当にも批判するものである。「実際、だれかが罪のない者の血を何ごとかの代価として要求するなどということ、あるいは、罪のない者が殺されることがその人を喜ばせるなどということ、ましてや神がご自身のみ子の死をかくもふさわしいものと考えられるので、そのことによって神は、この世全体と和解されるのだ、などという考えは、なんと残酷で、なんと邪まなものと思われることか」
十字架の神学をめぐって 青野太潮 194頁