さりげない人々

雨の休日。肌寒い。コーヒーを飲みながら。

昨日、あったことを書いていこうと思う。

ここのところ断酒の影響か眠れない。昨日はリズムを取り戻すため、眠気を充電したく夜寝ずにそのまま起きていた。昼過ぎくらいに眠くなり家の中にいたら負けると思ったので、ぶらっと書店に行くことにした。帰りに晩飯の買い物もできるし。

そんなわけで、市営地下鉄に乗った。そして座る。

二駅ぐらい進むと、目の前にそれなりに歳を重ねた方に見えるけど、そうでもないように見える方が乗ってきた。席を譲るべきか譲らないべきか一瞬迷う。声かけるのも正直面倒だ。(元気がないというか眠い)と思いつつ、「でもなぁ…」というプチ葛藤。

そんな感じでプチ葛藤してると、下記を思い出した。

「見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい。そうでないと、天におられるあなたがたの父から報いが受けられない。だから施しをするときには、偽善者たちが人から褒められようと会堂や通りでするように、自分の前でラッパを吹き鳴らしてはならない。よく言っておく。彼らはその報いをすでに受けている。施しをするときは、右の手のしていることを左の手に知らせてはならない。あなたの施しを隠すためである。そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。」

施しってわけじゃないんだけど、なんとなく聖書に「隠しなさい」って書いてあったなぁと思い浮かんだ。じゃーどうしようか?と。

そんなことを考えていたら次の駅に着くのを知らせる車内放送。

あ、降りる感じで席を立てばいいんじゃないだろうか。そうすれば座りたければ座るし、そうじゃないなら立ってるだろう。と。

それっぽく車内表示とドア側を向き、立ち上がって移動。

チラ見をするとその方座っていた。

「おー座った」ってのが正直な感想。

あと、「なるほど。こんなやり方もあるのか」と。多分、世の中の人は結構やってることなんだろうと思うけど、自分はそのやり方を「知らなかった」は嘘になるかな。そんなやり方をしてもらってことは気付いてるだけでも生きてる中で沢山ある。気付いていないところでは、もっともっとあるだろう。

もしかして、世の中ってこういうことで成り立ってることも多いんじゃないのか?とも思った。実は自分が考えてるよりも「さりがない人」って多いんじゃないかと書いていて思った。そういうことを自分は見ないようにしていたのだなぁ…と。

そんな感じでした。

てか、書かなきゃいいのに。「書くと隠してることにならないのでは?」とも思ったけど、書いてしまう感じ。まぁそれでもいいんじゃないかなっていう。

「そういうとこだぞ」と声が聞こえてきた気がするので、この辺で。